優越的地位の濫用
事業者同士の取引においては、価格や納期などの取引条件を当事者間の自主的な判断で決めることができます。
しかし、小規模事業者の多い免税事業者は、売上先となる事業者との間に交渉力や経験値などの面で大きな格差があるため、どうしても一方的な力関係で取引条件が決定される傾向にあります。
このように、取引上の力関係が上の者が、その地位を利用して、取引の相手方に対して一方的に不利益となるような条件を強要することは、「優越的地位の濫用」として、独占禁止法上問題になる恐れがあります。
仕入先・外注先である免税事業者との取引について、インボイス制度の実施を機に取引条件の見直しを行うことは、法律上何も問題にはなりませんが、見直しに当たっては、「優越的地位の濫用」に該当する行為を行わないよう注意する必要があります。
優越的地位の濫用の具体例
取引価格の引き下げ
インボイス制度実施後に、免税事業者との取引において、消費税の仕入税額控除ができないことを理由に、免税事業者に対して取引価格の引き下げを要請することは問題ではありませんが、インボイス制度における経過措置(80%控除)を考慮し、免税事業者の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担をも考慮した上で、双方納得の上で取引価格を設定すれば、結果的に取引価格が引き下げられたとしても、独占禁止法上問題となるものではありません。
免税事業者であっても、自身の仕入れや経費の支払いに際しては消費税を負担しています。その消費税の負担分を売上に転嫁することは認められていますので、その辺りも考慮して価格交渉を行うべきでしょう。
しかし、単に形式的な交渉を行ったのみで、免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格を買手側の事業者が一方的に設定した場合には、優越的地位の濫用として、独占禁止法上問題となります。
商品などの受取拒否・返品
取引上の力関係が上位と見られる買手の事業者が、仕入先から商品を購入する契約をした後に、仕入先が免税事業者であることが判明したなどといった理由で一方的に商品の受け取りを拒否したり、他に正当な理由がないにも関わらず商品を返品する行為は、優越的地位の濫用として問題になります。
また、業務の請負や工事の下請けなど下請法の規制の対象となる場合においては、発注側の事業者が免税事業者である外注先に対して、正当な理由もなく給付の受領を拒んだり、給付に係る物を外注先に引き取らせる行為は、下請法で禁止されている受領拒否または返品として問題となります。この場合において、外注先が免税事業者であることは、正当な理由には当たりません。
協賛金等を負担させる行為
取引上の力関係が上位と見られる買手の事業者が、インボイス制度の実施を機に免税事業者である仕入先に対し、取引価格維持の条件として、別途「協賛金」や「販売促進費」といった名目で金銭的な負担を強要することは、優越的地位の濫用として問題となります。
同様に、取引価格維持の条件として、正当な理由がないにも関わらず、発注内容に含まれていない無償サービスなどを強要することなども、優越的地位の濫用として問題となります。
物品等の購入や利用を強制する行為
取引上の力関係が上位と見られる買手の事業者が、インボイス制度の実施を機に免税事業者である仕入先に対し、取引価格維持の条件として、その取引とは無関係な商品や役務の購入を強要することは、優越的地位の濫用として問題となります。
取引の停止
取引上の力関係が上位と見られる買手の事業者が、インボイス制度の実施を機に免税事業者である仕入先に対し、一方的に著しく低い取引価格を設定し、これに応じない相手方との取引を停止した場合には、独占禁止法上問題となるおそれがあります。
インボイス登録事業者となるよう強要する行為
買手側の課税事業者が、インボイス制度に対応するために、取引の相手方となる免税事業者に対して課税事業者になって欲しいと要請することは法律上問題ありません。
ただし、課税事業者になるよう要請する際に、「要請を断ったら価格を引き下げる」「要請を断ったら取引停止」などと一方的に通告することは、独占禁止法や下請法上、問題となる恐れがあります。
例えば、免税事業者が取引価格の維持を求めたにもかかわらず、取引価格を引き下げる理由を書面、電子メール等で免税事業者に回答することなく、取引価格を引き下げる場合などがこれに該当します。したがって、取引先の免税事業者との間で、取引価格等について再交渉する場合には、免税事業者と十分に協議を行っていただき、仕入側の事業者の都合のみで低い価格を設定する等しないよう、注意する必要があります。