2025年11月、マイカー通勤手当の非課税限度額引き上げ等を定めた改正政令が公布されました。今回の改正は令和7年11月20日に施行されますが、令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当に遡って適用されるため、今年の年末調整で精算が必要となる場合があります。本記事では、最大7,100円増額となる改正内容と、実務担当者が押さえるべき遡及精算の具体的な手順を解説します。
最大7100円増額となる新旧対照表と適用開始日
令和7年11月、マイカー通勤手当の非課税限度額を大幅に引き上げる改正政令が公布されました。平成26年以来、実に11年ぶりとなる今回の見直しでは、距離区分自体の変更はないものの、非課税となる限度額が最大で7,100円増額されています。特筆すべきは、この改正が令和7年4月1日に遡って適用される点でしょう。そのため、すでに支給された手当についても再計算が必要となり、実務への影響は避けられません。
なお、本稿では便宜上「マイカー通勤手当」と表現しますが、自動車のほかバイクや自転車などの交通用具を使用する人への手当全般が対象です。
距離区分ごとの引き上げ額一覧(11年ぶりの改正)
今回の改正では、片道10km以上の区間で非課税限度額が引き上げられました。特に長距離通勤者への恩恵が大きく、片道55km以上の区分では、従来の31,600円から38,700円へと7,100円も増額されています。一方で、片道10km未満の区分に変更はありません。
| 通勤距離【片道】 | 課税されない金額 | |
|---|---|---|
| 改正前 | 改正後 | |
| 2㎞未満 | 全額課税 | 全額課税 |
| 2㎞以上10㎞未満 | 4,200円 | 4,200円 |
| 10㎞以上15㎞未満 | 7,100円 | 7,300円(+200円) |
| 15㎞以上25㎞未満 | 12,900円 | 13,500円(+600円) |
| 25㎞以上35㎞未満 | 18,700円 | 19,700円(+1,000円) |
| 35㎞以上45㎞未満 | 24,400円 | 25,900円(+1,500円) |
| 45㎞以上55㎞未満 | 28,000円 | 32,300円(+4,300円) |
| 55㎞以上 | 31,600円 | 38,700円(+7,100円) |
自社の通勤手当規定と照らし合わせ、どの距離区分の従業員が対象になるかを確認しましょう。
令和7年4月1日に遡って適用される「遡及ルール」の仕組み
改正後の限度額は、令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当から適用されます。政令の公布日は11月ですが、適用開始日は4月まで遡るため注意が必要です。
具体的には、以下のケースは新限度額の対象外となります。
- 令和7年3月31日以前に支払われた通勤手当
- 令和7年3月31日以前に支払われるべき通勤手当で、同年4月1日以後に支払われるもの
- 上記2つの通勤手当の差額として追加支給されるもの
ここでいう「令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当」とは、給与規程や慣習で定められた支給日が4月1日以後のものを指し、単純な「月分」ではなく「支給日」で判定します。誤って適用しないよう、支給規定の日付を必ず確認してください。
年末調整で遡及分を精算する手順
遡及適用に伴い、実務で最も重要となるのが「すでに課税されてしまった手当」の精算処理です。今回の改正では、令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当のうち、改正前の限度額を超えて課税されていた部分について、年末調整で一括調整することが認められています。手順は複雑に見えますが、順を追って処理すれば確実に完了できるはずです。
令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当のうち、施行日前(11月19日)までに支払われた「課税済み通勤手当」を洗い出す
まずは、令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当のうち、施行日前(11月19日)までに支払われた「課税済み通勤手当」で、改正前の限度額を超えて源泉徴収されていた金額を特定しましょう。今回の改正は令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当に適用されるため、それ以降に課税扱いとなっていた部分が精算の対象となるからです。
例えば、片道50kmで月3万円を支給していた場合、旧限度額(2万8,000円)との差額2,000円が毎月課税されていました。しかし新限度額(3万2,300円)では全額非課税となるため、この期間に該当する月数分(例えば7か月分なら1万4,000円)が「新たに非課税となる金額」として算出されます。まずはこの金額を正確に抽出することから始めます。
源泉徴収簿の余白を活用した「非課税となる通勤手当」の記載方法
次に、算出した金額を「令和7年分 給与所得・退職所得に対する源泉徴収簿」に記録します。後から確認できるよう、計算根拠を残しておく必要があるためです。
具体的には、源泉徴収簿の余白に「非課税となる通勤手当」と記入し、対象となった月数や計算式、合計額を記載してください。なお、給与計算ソフトを使用しており、年調年税額が自動で正しく補正される仕様であれば、この余白への記載を省略することも認められています。自社のシステムが対応しているか確認しておきましょう。
給与総額からの差し引きと源泉徴収票への反映
最後に、給与総額から非課税分を差し引いて年末調整を行います。源泉徴収簿の「年末調整」欄にある「給料・手当等①」には、総支給金額から先ほどの「新たに非課税となった金額」をマイナスした額を記入してください。
これにより、本来納めるべき税額との差額が精算されます。また、従業員に交付する「給与所得の源泉徴収票」の「支払金額」欄についても、この非課税分を除いた正しい金額を記載する必要があります。誤って修正前の金額を載せないよう注意が求められます。
中途入社や退職者への対応方法
在職中の従業員であれば年末調整で完結しますが、年の途中で退職した人や、転職してきた人への対応は判断に迷うところです。また、今回の改正はあくまで「令和7年」のものですが、来年以降も制度が変わる可能性が示唆されています。イレギュラーなケースや将来の展望を知っておくことで、問い合わせにも冷静に対処できるようになります。
すでに退職した従業員へは源泉徴収票の「再交付」で対応
年の途中で退職した従業員であっても、在職中に令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当の支給があった場合には、今回の改正の影響を受ける可能性があります。もし退職時に交付した源泉徴収票が改正前の限度額に基づいている場合、正しい金額での「再交付」が必要です。
具体的な手順としては、まず新たに非課税となる金額を控除して「支払金額」を訂正します。その上で、源泉徴収票の摘要欄に「再交付」と明記し、本人へ速やかに送付してください。退職者はこの新しい源泉徴収票を用いて確定申告を行うことで、納めすぎた税金の還付を受けられる可能性があります。トラブルを防ぐためにも、対象者のリストアップを早めに行いましょう。
差額を追加支給する場合の年末調整処理
実務対応の一つとして、4月からの遡及分を別途「追加支給」として支払うケースもあります。この場合、すでに支給した通勤手当と追加支給額の合計が、改正後の非課税限度額の範囲内に収まっていれば、その全額が非課税として扱われます。
合計額が非課税枠を超えないのであれば、課税対象となる給与額に変動は生じません。したがって、年末調整の計算において、わざわざ遡及分の精算処理(源泉徴収簿でのマイナス処理など)を行う必要はなくなります。ただし、3月以前分の差額を追加支給する場合は対象外となる点には注意が必要です。処理がシンプルになるため、給与規定の改定タイミングや資金繰りが許すのであれば、差額支給での対応も有効な選択肢と言えるでしょう。
令和8年以降に見込まれるさらなる制度変更の可能性
今回の改正は令和7年のものですが、人事院勧告で「こうした見直しを行うべき」と提案されており、これを受けて今後税制面での対応が検討される可能性があります。
同勧告では、令和8年(2026年)4月1日から「65km以上から100km以上までの区分」を5km刻みで区切る新たな区分(上限66,400円)の新設が示されています。加えて、マイカー通勤者が駐車場などを利用する場合の費用補助として、月額5,000円を上限とする新たな手当の新設も提案されています。これらはまだ決定事項ではありませんが、今後も通勤手当に関する見直しが続く可能性はあります。常に最新の情報をキャッチアップし、翌年以降の規定改定に備えておく姿勢が大切です。
まとめ
本記事では、令和7年11月に公布されたマイカー通勤手当の非課税限度額引き上げと、それに伴う年末調整での遡及精算手順について解説しました。改めて重要なポイントを整理します。
- マイカー通勤手当の非課税限度額が、片道55km以上の区分で最大7,100円引き上げられました。
- 今回の改正は令和7年4月1日に遡って適用されるため、4月1日以後に支払われるべき通勤手当のうち、改正前の限度額を超える部分を課税していた場合には、その分について再計算が必要となる場合があります。
- 改正前の基準で課税されていた手当は、年末調整にて「新たに非課税となる金額」として精算します。
- すでに退職した従業員には源泉徴収票の「再交付」を行うなど、個別の対応も求められます。
- 令和8年以降も「65km以上」の5km刻み区分の新設など、さらなる見直しが提案されています。
今回の改正は、従業員にとっては手取り額が増える嬉しいニュースである一方、実務担当者にとっては年末調整の負担が増す出来事でもあります。しかし、手順自体は「洗い出し」「記録」「差し引き」の3ステップさえ守れば、決して難しいものではありません。まずは4月以降の支給実績を確認することから始め、余裕を持って年末調整業務を進めていきましょう。

