特定口座制度と後期高齢者医療制度との関係に注意

自営業者や学生、無職の方などは、国民健康保険に加入されていると思いますが、75歳になると、後期高齢者医療制度に原則として移行します。

国民健康保険、後期高齢者医療制度ともに、原則として前年の所得金額により、負担する保険料が決定されます。また、実際に医療サービスを受けた際の窓口負担割合は、以下の通りです。

  • 75歳以上・・・1割(現役並み所得者は3割)
  • 70歳から74歳まで・・・2割(現役並み所得者は3割)
  • 70歳未満・・・3割
  • 6歳(義務教育就学前)未満・・・2割

『現役並み所得者』という不思議な言葉が出てきますが、判断基準として、単独世帯の場合は年収383万円、夫婦2人世帯の場合は年収520万円をそれぞれ超えると、このカテゴリーに分類されます。

ここで大きく話を変えますが、上場株式や投資信託を購入した際、『特定口座(源泉徴収口座)』の開設を併せてされたと思います。

特定口座制度とは、上場株式や投資信託を運用・売却する際に生ずる配当金や譲渡益に課せられる所得税を、特定口座を管理する証券会社などの金融機関が源泉徴収を行い、自身で確定申告をする手間を省いてくれる大変便利な制度のことをいいます。

ただし、複数の特定口座を所有している場合は、同一の金融機関内であれば『売却損』と『売却益・配当金』を相殺してくれますが、別々の金融機関で売却損と売却益が発生した場合には、特定口座であっても確定申告しなければなりません。

また、単独で売却損が発生してしまった場合、確定申告することで売却損を翌年以降3年間繰り越すことができます。つまり、今年発生した売却損と、例えば2年後に発生するかもしれない売却益とを相殺してくれるんですね。これはこれでありがたいです。

このような背景を踏まえ、後期高齢者で独身、年金暮らしのAさんが、老後の資金として運用していた上場株式の一つを売却し、大きな売却損が発生したため、翌年以降に売却損を繰り越すために敢えて確定申告をしたとしたらどうなるでしょうか。

Aさんの年金は僅かで、後期高齢者医療制度の窓口負担割合はこれまで1割でした。ほぼ毎日病院に通っており、年金だけでは生活が厳しいので、数年前に500万円で購入した上場株式を、損が出るのを承知で450万円で売却したのですが、もしかしたら来年以降に他の株式を売却した際、今回の売却損が役に立つかもしれないと思って確定申告をしたわけです。

ここで確認しておきましょう。Aさんは今回確定申告をすることで一切税金は安くなりません。単に損をした株式の譲渡損50万円を繰り越すための申告をしただけなので、将来はわかりませんが、少なくとも今年の税金には一切影響はありません。

今回の確定申告の所得内容を見てみると、年金の所得(プラス)と株式譲渡損(マイナス)の2つですが、これらは相殺してはいけないことになっています。つまり、株式譲渡損は所得の計算上ゼロとなりますので、例年と所得金額は変わりませんが、収入金額は450万円増えることになります。

ここで最初の解説に戻ってみるとどうでしょうか。

この確定申告をすることで、Aさんの後期高齢者医療保険料は変わりません。前述の通り『所得金額』は変わらないからです。ところが、『年収』つまり『収入金額』は450万円増加するため、年収383万円超、すなわち『現役並み所得者』になってしまうため、Aさんの窓口負担割合は1割から3割に増えてしまうことになります。

特定口座は原則『申告不要』なので、確定申告をしないということは、確定申告書の収入金額に記載されない、つまり収入がないということになるのですが、しなくてもいい確定申告をすることにより、確定申告書の収入金額に『上場株式の譲渡収入450万円』されてしまうため、結果として現役並み所得者に分類されてしまうという、Aさんにとっては損しかしない結果となってしまいます。

このように、一見有利であるかのように紹介される制度ですが、税金以外の制度と組み合わせることによって、大変不利に働いてしまうことがありますので、十分に注意する必要があります。